笠井信輔アナ、阪神淡路大震災の犠牲者追悼『あの時の自分たちの判断は正しかったのか?』

阪神・淡路大震災から25年となる17日、悪性リンパ腫で闘病中の笠井信輔アナウンサーが自身のブログを更新。「犠牲となった6434人の方々のご冥福を、心からお祈りします。」と追悼した。

25年前の当時、昼のワイド番組のリポーターをしていたという笠井は、取材班として、阪神・淡路大震災が発災して一番乗りで被災地に到着したという。しかし、倒壊現場は、救助の人手が足りなく「救急車呼んでください!」「消防車を呼んでください!」「ガスを止めてください!」と被災者に呼びかけられ取材どころではなかったそう。

 

そんな状況下で笠井は「一旦取材を中止して、取材班4人で話し合いました。」と取材を優先させるか、救助を優先させるかを話し合い、結局、「私たちは何をしにここに来たのか? それは、この未曾有の大災害をいち早く日本中の、世界中の皆さんに伝えるために来たのではないか? そして、多くの助けを求めなければならない」との決断を下したようで、被災者に謝りながら「ごめんなさい、手伝えないんです」「僕らは今この光景を取材して、この素材を中継車から東京に送らなければならないんです」と、取材を再開したという。

その当時の判断について、笠井は「大きな災害の現場へ取材に入ると、人として行動すればいいのか? 報道陣として行動すればいいのか? その狭間に落ちてしまいます。」と今でも答えが出ないようで「あの時の自分たちの判断は正しかったのか?」と自問自答した。

「あの震災で犠牲となった人の方々のご冥福を、心からお祈りします。」と追悼した。

画像引用:アメブロ

 


  1. 匿名 より:

    いや、答えは簡単。助けようよ。
    取材とかしてる場合じゃないでしょw

  2. 匿名 より:

    これはちょっと人間として信じられない行動…
    やっぱりテレビ業界の人って変わってるんですね

  3. 匿名 より:

    その当時取材を優先させた事
    少し批判ありましたね。
    あまりに笠井さんの取材が軽すぎ
    不信感ももたれたような
    賛否色々ありましたが報道の前では
    マスコミはこんなものかと感じました
    今毎日笠井さんがご自身の病気について
    発信するのはその考えからかと思います。
    私にはわからないが
    マスコミの人としてのプライドは感じます。無理をせず頑張ってほしいです。


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